我以外皆我が師 ――吉川英治の言葉に学ぶ、生きる姿勢とは
なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。
「我以外皆我が師也」――。 この言葉を残したのは、『宮本武蔵』や『三国志』で知られる作家・吉川英治です。 彼の代表作の多くは、時代小説という枠を超えて、人としてどう生きるべきかという普遍的なテーマを描いています。 その根底に流れているのが、この言葉に象徴される「謙虚な学びの精神」です
◆ 我以外皆我が師 ― その意味
「我以外皆我が師也」とは、文字通りに言えば、
「自分以外のすべての人は、私の師である」という意味です。
この言葉は、単なる謙遜の言葉ではありません。
吉川英治がこの言葉を残した背景には、彼自身の波乱に満ちた人生経験がありました。
彼は少年期に貧困に苦しみ、職を転々としながら独学で文筆の道を切り拓きました。
文学の師と呼べる人物はいなかったと言われます。
しかし、彼は世の中の人々、出会う一人ひとりから何かを学び取り、
それを糧として自身の成長につなげていったのです。
その積み重ねが、やがて“人間の深み”を描く作家・吉川英治をつくり上げました。
◆ 人は誰しも「師」になりうる
私たちはつい、「学ぶ相手」というと、自分より優れた人、立派な人を思い浮かべがちです。
けれど、吉川英治はそうではありませんでした。
彼にとっては、
無名の庶民の言葉、
すれ違いざまの人の態度、
失敗をした自分自身の姿、
そのすべてが「師」だったのです。
たとえば、『宮本武蔵』の中で、武蔵はこう語ります。
「人はみな、何かを教えてくれる存在である。敵でさえも、我に教えを与える。」
この一節に、吉川英治の思想が凝縮されています。
敵であっても、そこには自分に欠けている何かを教えてくれる要素がある。
そう考えることで、人は他者を恨まず、人生のあらゆる出来事を“学び”に変えることができるのです。
◆ 現代社会と「我以外皆我が師」
現代の私たちは、情報に囲まれ、SNSで簡単に他人を評価したり批判したりできる時代に生きています。
つい、「あの人は間違っている」「自分の方が正しい」と思い込み、
他人の言葉を真正面から受け取れなくなってはいないでしょうか。
けれど、「我以外皆我が師」という視点を持つと、世界の見え方ががらりと変わります。
たとえば――
自分とは意見の違う人の言葉の中に、「なぜその人はそう考えるのか」を学ぶ。
自分を批判する人の言葉の中にも、「気づかせてもらえる真実」があると受け止める。
何気ない出来事や失敗の中にも、「次に生かせるヒント」があると気づく。
こうした姿勢で生きる人は、どんな環境でも成長を止めません。
学びとは学校や本の中だけにあるものではなく、日々の暮らしそのものが教科書になるのです。
◆ 謙虚さは、強さである
「我以外皆我が師」という言葉を実践するためには、何よりも謙虚さが必要です。
謙虚であるとは、ただ自分を低く見ることではなく、
「自分はまだ学ぶべき存在だ」と素直に受け止められる強さのことです。
人間は、歳を重ねるほどプライドが高くなり、他人の言葉に耳を貸さなくなる傾向があります。
しかし、真に成長する人は、どんなに経験を積んでも、常に「学ぶ姿勢」を失いません。
吉川英治もまた、晩年まで「私はまだ学びの途中です」と語っていたそうです。
その謙虚な精神こそが、彼の作品に人間味と深みを与えています。
◆ 「我以外皆我が師」で生きると、人生が変わる
この言葉を心に置いて生きてみると、不思議と日常の景色が変わります。
たとえば――
不快な相手が、「忍耐を教えてくれる師」に見えてくる。
上手くいかない出来事が、「工夫を学ぶ機会」に変わる。
年下の人や子どもたちの無邪気さが、「忘れていた純粋さ」を思い出させてくれる。
すべての人、すべての出来事が「学びの先生」となる。
その視点を持つだけで、人生はぐっと穏やかで、豊かになります。
「敵も、師。友も、師。自然も、師。」
そう思えたとき、人はどんな環境でも希望を見いだせるのではないでしょうか。
◆ 結び ――自分を育ててくれるのは、他人である
吉川英治は、自らを「平凡な人間」と称していました。
しかし、その平凡な人間が、すべてから学び続けたからこそ、
不朽の名作を世に送り出すことができたのです。
「我以外皆我が師」――
この言葉には、「人を敬う心」と「己を磨く覚悟」が込められています。
他人を見下すのではなく、学ばせてもらう。
批判するのではなく、感謝する。
そんな姿勢で生きることが、結局は自分を最も豊かにする道なのだと思います。
日々出会う人々、出来事、言葉。
その一つひとつを師と仰ぐ心で、
私たちもまた、少しずつ「人間としての道」を歩んでいきたいものです。
ワンダーランド久保田にお問い合わせください。
⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。