不動産相続の相続登記を最初から見直してみる ― 現場でまず直面する現実
なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。
不動産相続において「相続登記」は避けて通れない手続きです。
2024年から相続登記の義務化が始まり、「早めにやらなければならない」「放置はできない」という認識は、以前よりも広がってきました。
しかし、実際の現場に入ってみると、相続登記は思っている以上に時間がかかり、簡単には進まないのが現実です。
今回は、不動産相続の相続登記を「最初の段階」から見直し、特に最初に直面しがちな“残念な現実”について整理してみたいと思います。
1.相続登記は「登記」から始まらない
多くの方が誤解しがちですが、相続登記は法務局に書類を出せばすぐ終わる手続きではありません。
実際には、登記にたどり着くまでの準備が全体の8割以上を占めます。
最初に必要になるのは、被相続人の出生から死亡までの戸籍一式です。
これを集めるだけでも、転籍や改製原戸籍が絡むと、複数の市区町村に請求を出すことになり、想像以上に時間がかかります。
「戸籍は1週間くらいで集まるだろう」と思っていると、ここで最初のつまずきが起きます。
2.相続人が複数いる時点で、手続きは一気に重くなる
相続人が一人だけの場合は比較的スムーズです。
しかし、相続人が二人、三人と増えるにつれて、相続登記は急激に複雑になります。
・相続人全員の戸籍・住民票・印鑑証明書が必要
・誰か一人でも連絡が取れないと先に進まない
・「書類を送った」「まだ届いていない」「確認中」というやり取りが増える
この段階で、手続きが“人待ち”になることが多くなります。
法的な問題というより、連絡・調整に時間を取られるのが現実です。
3.遺産分割協議が最大のボトルネックになることも
相続登記には、遺言書がない場合、遺産分割協議書が必要です。
ここで「話し合いはすぐ終わるだろう」と考えるのは危険です。
実際には、
・不動産を誰が取得するのか決まらない
・感情的な問題が後から表面化する
・税金や将来の売却を巡って意見が割れる
といったことが起こりやすく、登記以前の段階で長期間止まるケースも少なくありません。
4.専門家が関与しても、時間が短縮されないことがある
司法書士や弁護士、税理士などの専門家が入れば、すぐ終わると思われがちです。
しかし、専門家が関与しても、
・相続人からの返答待ち
・他士業との確認待ち
・書類の再取得
といった「待ち時間」は避けられません。
むしろ、窓口が増えることで、連絡経路が長くなり、体感的に時間がかかると感じることもあります。
5.最初に知っておくべき現実
相続登記で最初に知っておくべきことは、次の一点です。
相続登記は「法律手続き」であると同時に、
「人と時間を調整する作業」である。
この現実を理解していないと、「なぜこんなに進まないのか」「誰が悪いのか」という不満だけが溜まってしまいます。
おわりに
不動産相続の相続登記は、決して珍しい手続きではありません。
しかし、その進み方はケースごとに大きく異なり、最初の段階で想像していたスケジュール通りに進むことは、むしろ少数です。
このブログでは、今後も実際の現場で見えてくる「相続登記の進み方」や「止まりやすいポイント」を、できるだけ具体的に整理していく予定です。
相続登記をこれから始める方にとって、現実を知る一助になれば幸いです。
⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
・HP: https://www.0120720901.com/
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。