マンション管理士への道ですが、寄り道をしファイナンシャルプランナー2級合格証届きました!
なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。
周りから「なめてる」と言われています。何が、と言うことを書いていきます。
受験されている皆さんに怒られてしまいます。
FP2級は実は昨年2度受けて、2回とも落ちてしまいました。
それもほぼほぼ一夜漬けで挑戦したからです!(^_^;)
毎回、学科も実技も2~4点足りずに落ちていたのです!
なので今回はもう少し勉強しようと3日前から取りかかり、木金は3時間ぐらい、試験の前日の土曜は仕事を休み、試験の日には朝5:30迄勉強をしました。
FP3級と2級では雲泥の差が有ります。
でも、マンション管理士試験に合格するのにもFP2は取っておこうと思い1冊の本をひたすら読みました。実技は出そうな所だけを答えが合うまでやりました。
おかげさまで、合格することが出来ました!
AFP認定研修も考えましたが、今はマン管の勉強に時間も傾けていきます。
還暦で勉強が嫌いでなぜ今こんな資格をとろうとしているのか?自分でもわかりません!
ところが、バブルの絶頂の時に宅建の免許を下ろし、坂道を下るように不況の嵐を経験してきました。
そんな自分にある不動産会社の社長がコンサルティングマスターを私に勧めてくれ、これを勉強したのが資格をとる人生の始まりでした。
人生は出会いで変わると良く言われます!まさしくその通り、なぜ、勉強したのがもったいなくなり何かそのまま資格を取れないかと思うようになりました。
しかし、不動産屋の習性とは楽をして一攫千金を狙う様に、チョロッと片手間で勉強して資格を取ろうと思ってしまうのが性です。
賃貸不動産経営管理士は10年以上前に取っていたため、コンサルティングマスターを取ってから、相続対策専門士・空き家相談士・相続診断士・管理業務主任者・2級ファイナンシャル・プランニング技能士へと資格(民間資格もありますが)を取るようになってしまいました!
マンション管理士試験も舐めて受験しようと思っていましたが・・・
最近、勉強をするのに、twitterで資格垢・資格アカと言う物があり、管理器の私には「あか」とは・・・という感じでした。
要するに資格専用にアカウントを作り、そこに、自分の勉強したことや他の勉強友達とツイートや勉強しているのを目の当たりにすることで、勉強する気力が持続することが出来る。
事を知り、私は自信は当初資格垢を知れませんでしたから、自分のtwitterのアカでツイートをやってしまいました。
周りの人のtwitterを読むと、本当に凄く、真剣に勉強されていることがよくよくわかり勉強とはこの様に真剣に時間を作り勉強するものであると、自身の甘さを痛感した次第です!
たとえ、眠たくとも少しでも勉強しよう!頑張ろうと、前へ前へ前進しようと一念を定め直しました!
特に行政書士を目指されている方などは、勉強時間も然る事もさることながらレンタル自習室(マン管受験の方も)なども使用されたりして、税理士や司法書士試験の受験生の様に勉強をされている姿に心を洗われる思いが致しました!
この11月の試験まで周りの人の動向でtwitterで励ましてもらいなが、試験に勝負していきます!
それではあと263日頑張ります!宜しくお願い致します!
⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
・HP: https://www.0120720901.com/
https://www.720901.com/
https://www.720.co.jp/
・mail info@720901.com
・本店
住所:大阪市浪速区敷津西1-1-25
Tel: 0120-720901(なにわくで一番)
Fax: 06-6643−3363
Tel: 0120-720981(なにわくは一番)
Fax: 06-6647-3363
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。