いい加減な対応 ― 不動産業者としての責任と限界
なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。
今回、ある不動産取引をめぐるやり取りの中で、私は強い違和感と失望を覚えました。
相手は決して高齢ではなく、むしろ業界の中では「これからを担う世代」と言ってもいい年齢の不動産業者です。経験年数が浅いこと自体を問題にするつもりはありません。しかし、「若いから」「経験が足りないから」で許されるレベルを、明らかに超えていました。
不動産業は、宅地建物取引業法という明確なルールのもとで行われる業務です。
そこでは、誠実義務、説明責任、業務の適正な遂行が強く求められます。
特に、売買や借地権といった権利関係が絡む案件では、業者は単なる伝言係ではなく、「調整役」「交通整理役」として機能しなければなりません。
ところが今回のやり取りでは、相手は自らが窓口であるにもかかわらず、
「まだ話していない」
「今は分からない」
「改めて連絡する」
という言葉を繰り返すばかりで、いつまでに・誰に・何を確認し・いつ回答するのかという、業務として最低限必要な要素が一切示されませんでした 。
これは単なる段取り不足ではありません。
宅建業者としての職務放棄に近い状態です。
宅建業者は、媒介であれ、業務協力であれ、関与している以上、取引を無用に停滞させない義務があります。
「間に入っているから」「窓口だから」という立場は、責任が軽くなる理由にはなりません。むしろ逆です。
窓口に立つということは、最も説明責任を負う立場に立つということです。
さらに問題なのは、こちらが業務上当然の確認として期限を尋ねた際、それを「上から言われた」「人間関係がこじれる」と感情論にすり替えた点です 。
業務上の進行確認を、感情の問題に転換する姿勢は、プロとして極めて危険です。
話し方に関してもハラスメント言う以外言いようのない話し方です。
不動産取引は「人間関係」ではなく、「契約」と「権利義務」に基づいて進みます。
そこに私情を持ち込み、話を曖昧にし、結果として取引を停滞させることは、依頼者の利益を損なう行為に他なりません。
若いということは、本来、柔軟性や吸収力という強みを持つはずです。
しかし、今回の対応からは、学ぼうとする姿勢も、責任を引き受ける覚悟も感じられませんでした。
厳しい言い方になりますが、
この対応レベルでは、不動産業でなくとも、どの仕事でも信頼は得られない
そう断言せざるを得ません。
仕事ができるかどうかは、年齢では決まりません。
しかし、「若さ」を盾にして、説明を避け、決断を先送りし、責任から逃げる姿勢は、どの年齢であっても通用しません。
不動産業は、人の財産と人生に深く関わる仕事です。
その自覚がないまま業者を名乗ることこそが、業界全体の信頼を損ねる最大の要因だと、今回の件で改めて痛感しました。
⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
・HP: https://www.0120720901.com/
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Tel: 0120-720901(なにわくで一番)
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Fax: 06-6643−3363
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。