ユーチューブに溺れながら、何を信じればいいのか分からなくなった話
なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。
最近、正直に言うとユーチューブにはまっている。
気がつけばおすすめ動画を次々と見てしまい、AI、未来、人類の行方、宇宙、月、そしてイーロン・マスク……と、テーマはどんどん壮大になっていく。
「AIのクロードを使うと人生が変わる」
「2045年、人類はまだ存在しているのか?」
「月にはすでに◯◯がある」
「AIを使っている人だけが生き残る」
どれも刺激的で、どれもそれっぽい。
でも見れば見るほど、頭の中に湧いてくるのはこの疑問だ。
――結局、どれを信じればいいのか?
AIは希望なのか、それとも不安なのか
最近よく耳にするのが「AIを使う人と使わない人で、決定的な差がつく」という話だ。
実際、文章生成、画像、プログラミング、分析…。
AIが人間の仕事を代替していく流れは、もう止まらないだろう。
一方で、
「AIに仕事を奪われる」
「人間は不要になる」
「考えなくなる人が増える」
という声も同時に流れてくる。
どちらも一理ある気がする。
だからこそ怖い。
たぶん問題は、AIそのものではなく、それをどう扱うかなのだと思う。
包丁が料理にも凶器にもなるように、AIも使い方次第だ。
込みましょう。
2045年、人類は本当に存在しているのか?
2045年問題、いわゆる「シンギュラリティ」。
AIが人類の知能を超えると言われている年だ。
「その頃には人類は滅んでいる」
「いや、AIと融合して進化している」
「一部の人間だけが生き残る」
これもユーチューブでは断言口調で語られる。
でも冷静に考えると、未来を断言できる人間なんて、誰もいない。
100年前の人が、今のスマホ社会を想像できただろうか。
未来はいつも、予想よりもズレた形でやってくる。
だから私は、「終わる・終わらない」よりも、
その変化の中で自分はどう生きたいかを考えるほうが大事だと思うようになった。
月はどうなっているのか?宇宙ブームの正体
月や火星、宇宙開発の話題もやたら多い。
夢があってワクワクする反面、
「本当なのか?盛っていないか?」という疑念も残る。
特にイーロン・マスクの話は極端だ。
天才だ、救世主だ、いや危険人物だ――評価は真っ二つ。
でも彼の存在が示しているのは、
「個人が世界を本気で変えられる時代に入った」
という事実なのかもしれない。
それが良いか悪いかは、まだ誰にも分からない。
ユーチューブ時代の「情報との距離感」
ユーチューブの怖さは、
・分かりやすい
・断言してくれる
・感情を揺さぶってくる
この3点がそろっているところだ。
でも、分かりやすい=正しい、ではない。
再生回数が多い=真実、でもない。
だから最近は、
「この人は何を売りたいのか?」
「なぜ今この話をしているのか?」
と、一歩引いて見るようにしている。
結局、何を信じるのか
いろいろ見た結果、私がたどり着いた答えはシンプルだ。
全部を信じない。
でも、全部を否定もしない。
AIも、未来論も、宇宙も、
「参考意見」として受け取り、最後に判断するのは自分。
不安になるのも自然だし、ワクワクするのも自然。
その両方を抱えながら、今日をちゃんと生きること。
それしか、今のところ確かな答えはない気がしている。
もしかすると、2045年の人類は、
「2020年代の人はよく悩んでいたな」と笑っているかもしれない。
あるいは、まったく違う形で存在しているのかもしれない。
少なくとも今は、
考えることをやめず、流されすぎず、
自分の頭で選び続けたい。
ユーチューブを見ながら、そんなことを考えている。
⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
・HP: https://www.0120720901.com/
https://www.720901.com/
https://www.720.co.jp/
・mail [email protected]
・
住所:大阪市浪速区敷津西1-1-25
Tel: 0120-720901(なにわくで一番)
Tel: 0120-720981(なにわくは一番)
Fax: 06-6643−3363
Fax: 06-6647-3363
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。