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2021年04月02日
ブログ

創業32周年!ワンダーランドが!

なんば大国町の不動産エージェント ワンダーランド・久保田 博です。早いものでワンダーランドが32周年になりました。有り難うございます。

宅建資格は、嫁に遅れること1年!

バブル前の宅建の試験

最初に合格したのは、嫁でした!

私は、宅建の試験を舐めていました。
独学で合格するだろうと思って受験。
合格発表は、新婚旅行中のオーストラリアで
嫁さんは自宅に電話すると合格書が届いている。とのこと。
私も実家に電話。何も届いていないと!
そこからは少し暗い新婚旅行に!

嫁は予備校に行って余裕で合格!

私は、この時も2点足らずに不合格!

翌年は予備校に通い無事に合格!

遅れること1年!

未だに言われます。(^_^;)

看板もないワンダーランド!

当時の写真がなくて
宅建免許の書類のコピーしか残っていませんでした。

仕事をし出した時は、1Fは駐車場!(2台は入りました)
おまけに看板も付いていない事務所です。
ほぼ嫁さんのお金で建築しました!

事務所内も今では考えられないぐらい、何もなくすっきりしています。

当時、NECのPC-9801Fが写っているのが懐かしいです。

まさに宅建の免許がおりたのが平成2年5月9日で会社の設立が平成2年4月2日!
今日で32周年!私も若干27歳でした。ずーっと28歳でしたと思っていましたが、27歳の間違えでした!

当時はバブルの頂点が平成元年の11月か12月で、バブルが弾け!雪だるまのように土地の価格がみるみる下がっていきます!

当時、こんなちっぽけな事務所でも坪@2,300万円!
なんて事でしょう!
あり得ないことです!

今は、10分の1以下!


平成2年当時、ミナミには連れて行ってもらうだけ!

創業当時は、周りの不動産屋さんがミナミに連れて行ってくれます。
飲むお酒は「響」!1
呑みにいくときは、いつもサウナに行ってから。の同伴ひ!

私なんかお姉ちゃんには相手にされません!特に韓国クラブでは!
(金のない奴はゴマメ扱いです)

仕事も2~3ヶ月に賃貸の契約出来たら良い方で、売買はドンドン遠ざかっていきました。

平成2年の冬頃から賃貸管理をした方が良いと思い、今でもやられている不動産中央情報センター(北九州)に2泊3日でなけなしのお金を支払い研修に参加したのを今でもクッキリと覚えています!

何せ、パソコンを持っていても、当時の弊社の契約書は市販(不動産業者向けに)されていたものを使っていたぐらいでした。

研修に行って恥ずかしかったのも覚えています!

そんななんやかんやの32年目です。

いつまでも初心の心を忘れずに、皆様のおかげでここまで来ることが出来ました。

これからも40周年50周年目指してお客様のお役にたてられる事をしていかなくては生き残る事も出来ません。

これからも「心を大切に!」精進努力して、コロナ禍も不動産業界のDX等にも負けずに頑張って行く決意をしています。


皆様、宜しくお願い申し上げます。



どこかで見たホームページで気になる不動産物件があれば言って下さい

不動産の価格も気になるところですが、今、どこかのホームページ(スーモやアットホームや不動産屋さんの)をご覧になり、もし気になる物件が見つかりましたら、お気軽にワンダーランドまでご相談ください。


経験豊富なスタッフが、具体的な条件を精査のうえ、「買主様の立場に立って」アドバイスをさせていただきます。


ぜひ売買もワンダーランドをご利用ください。土地情報は下記からどうぞ!無料ですので!お気軽に!

⭐︎☆ 有限会社ワンダーランド☆⭐︎創業:平成2年4月
・HP:   https://www.0120720901.com/
                  https://www.720901.com/
        https://www.720.co.jp/

・mail     info@720901.com
     
本店
 住所:大阪市浪速区敷津西1-1-25
 Tel: 0120-720901(なにわくで一番)
 Fax:   06-6643−3363
難波店
   住所:大阪市浪速区元町1-5-19
 Tel: 0120-720981(なにわくは一番)
 Fax:   06-6647-3363
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この記事を書いた人
久保田 博 クボタ ヒロシ
久保田 博

 大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。

なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンターなどで遊び呆けて育ちました。

世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば良くなく、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。

そんなこんなで今があります。

「不況」「倒産」「リストラ」「失業」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。

不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、営業努力も怠って業界も現在に至っている一面もあります。

そのような中、やはり、お客様なしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいい物件を本当に喜ばれるようにサービスを提供していきたいのです。

しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れています。

買いの場合は、業者はどこでもよく、物件にひかれ購入してくれます。  買うのはどこの不動産屋でも、同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。

大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係などや調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。

ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産屋)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。

平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2?3週間も抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(28歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。

そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。

私自身、まだ弱冠28歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、寒い冬も、暑い夏も、チラシを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。

なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。

いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。

皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。

その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。

今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。

幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。

好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。

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