【前編】道頓堀の火災で見えた屋外看板の問題とは?繁華街に潜むリスクを考える
浪速区の不動産オーナーの皆様、こんにちは。ワンダーランドの久保田です。
昨年の道頓堀での火災について、先日横山市長が記者会見を行っていました。
そのニュースを見て改めて、いろいろと考えさせられる部分がありました。
火災当時の現場の映像を見ると、建物だけでなく外装や看板にも火が回っている様子が印象に残っています。
普段は当たり前のように見ている街の風景ですが、
見方を変えると、さまざまなリスクが潜んでいるのだと改めて感じました。
1. 火災がきっかけで見えてきたもの
昨年8月18日、道頓堀近くでビル火災が発生しました。
人通りの多いエリアということもあり、ニュースでも大きく取り上げられました。
この火災をきっかけに、建物そのものだけでなく、
外壁に設置されている看板や装飾のあり方にも注目が集まるようになりました。
火災のような非常時には、普段見えにくい部分の問題が一気に表に出てきます。
今回の件も、その典型のように感じました。
2. 繁華街特有の看板事情
道頓堀のような繁華街では、
建物の外壁を覆うように大きな看板が設置されていることも珍しくありません。
視認性や集客という面では大きな意味がありますが、
一方で、構造や素材によっては火災時の延焼リスクを高める要因にもなります。
実際、今回の報道でも、
看板の素材や設置状況について触れられていました。
日常の中では気にならないものでも、
状況が変わると一気に問題として認識される。
そういう性質のものだと思います。
3. 行政の動きと調査の流れ
火災直後の2025年8月21日の会見では、
横山英幸市長も、
道頓堀のような繁華街には同様の屋外広告物が多いことに触れていました。
その後、大阪市による調査が進められ、
2026年4月14日には、その結果が公表されています。
事故をきっかけに実態が確認され、
その上で是正に向けた動きが出てくる。
こうした流れは、今回の件に限らず、よく見られるものです。
4. 当たり前の風景を見直すということ
屋外看板は、街の中では当たり前の存在です。
長年設置されているものも多く、特に問題なく使われているように見えます。
ただ、今回のような出来事をきっかけに考えると、
その「当たり前」が本当に安全なのか、
一度見直す必要があるのかもしれません。
見慣れているものほど、
見直す機会が少ないというのも事実です。
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今回は不動産の話から少し離れた内容にはなりますが、
こうした街の安全や構造の問題も無関係ではないように感じています。
※続きでは、大阪市の調査結果や法令との関係、特に防火地域との関係について、もう少し踏み込んで整理しています。
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大阪ミナミ 高島屋前の戎橋筋にあった、大阪市立精華幼稚園・精華小学校の出身です。現在エディオン。
なんばスケート場・なんばプール・千日ファミリープール、今あるマルイの地下にあった、ゲームセンター等を幼稚園の時から遊び場にし、小学生の時は、友達の雀球・アレンジボール、コインゲームセンター、雀荘などで遊び呆けて育ちました。
世間では、そんな風うに育てば、ろくな人では無いと思われるか知れませんが、門前の小僧みたいなもので、何をすれば駄目なのか、何をすれば良いのか、がわかるようになったように思います。
そんなこんなで今があります。
「戦争」「コロナ禍」「地震」「円安」「デフレ」。一体この不況はいつまで続くのでしょうか。多くの国民がこの暗いトンネルの出口を探そうとあえいでいます。
不動産業というのは、世間の人から客観的に見ても、「何か恐い」「騙される」「うそをつかれる」「ふっかけられる」等の先入観で判断されがちです。事実、我々不動産業者が同業者を見ても、「狐とタヌキの化かしあい」の様なところも事実あります。その様な部分を改善しょうともせず、勉強をせず営業努力も怠って業界自体も現在に至っています。
そのような中、やはり、お客様の喜びなしではやっていけません。私たちはお客様の笑顔を見るために、本当にいいサービスを本当に喜ばれるように、生意気かも知れませんが、感謝されるお客様をどれだけ創る事ができたのかが大切だと考えています。
しかし、現実は非常に厳しい。まずは、その訳をお聞きください。土地建物の売買の場合、売り物件はどうしても、知名度のある、信用力のある、大手に流れてしまいます。
買いの場合は、極端な話し、手数料が安ければと言われるお客さんもいらっしゃいます。要は業者などどこでもよく、ちゃんと取引が出来れば購入してくれます。 買うのはどこの不動産屋でも同じ!しかし、売るの時は、大手!と言う心理がはたらいています。
大手と街の不動産屋の大きな違いは、資金力・信用力はもとより、取引時の重要事項説明書などの書類関係など調査力と、丁寧さです。街の不動産屋は、道路・ガス・上下水道・隣地境界・道路関係などの面倒のかかる調査は最近やっと当たり前になってきました。全ての不動産屋がいい加減では決してありませんが、でも、私も含めてそうかも知れませんが、不動産屋などをやろうとする人は、一発逆転ホームランを狙うような、楽して儲けようと思う人が多いのも確かだとおもいます。
ワンダーランドの沿革は昭和33年に私の父が難波歌舞伎座裏で南新商事創業(不動産業 免許番号第1590号)。南新商事のお客様を受けつがず、平成2年敷津西に、何とか一年分の生活費を工面し有限会社ワンダーランドをオープン。ゼロからのスタートでした。
平成2年と言うと、バブルの絶頂期で土地を2~3週間も物件を抱くと数百万円も儲かるという時代でした。売買のお客様には金額も張るため、本当の歳(27歳)は言えず、33歳ですと嘘を言わないと信用もされません。
そして、不動産業さえすれば儲かると錯覚し、営業を始めたのですが、土地の値段も坂を転げ落ちるように下がり、なかなか売買の仲介ができませんでした。
私自身、まだ弱冠27歳で、妻と二人で事務所にいるだけで電話もかからず、月に1件賃貸の契約が出来れば良いほどで、売買などは皆無でした。幼い子供がいたために、事務所の2階には子供を寝さす部屋として2畳の和室(現在もあります)を作りました。妻と子を養うどころか、不動産業だけではどうにもならず、妻もパートに行き、そして、夜は子供が寝静まってから、なんとか輪転機のリースが通った機械で寒い冬も、暑い夏も、チラシ作成し、それを妻と二人で配りに歩きました。しかし、結果を出すことが出来ず。妻には迷惑ばかりをかけていました。
なんとか、かんとか5年ぐらい持ちこたえることができ、その頃から1人2人とスッタッフにも恵まれ賃貸にも力を入れ、売買と賃貸の両輪で営業を進め、おかげさまで、平成11年6月に、大阪市浪速区元町1丁目(私の実家)に2店舗目を出すことが出来ました。(2020年に難波店閉店)
いくらワンダーランドが儲らなくても、嘘をついて儲けたくはありません、お客様に喜んで戴き「また使ってやる」と言われなければと考えております。
皆様に支えられて、浪速区内の元町・敷津西・敷津東・大国・難波中・戎本町の木津中校区での売買・賃貸の仲介実績をあげられるようなりました。
その間、小学校や中学校のPTAの会長や地域のお手伝いをさせて頂くようになり、賃貸管理も雪が春の日差しで徐々に溶けるように、任せて頂けるようになりました。
今は、この様にいろんな角度から応援してくれた皆さんに感謝しています。現在スタッフは私・妻を含め7名(内宅建士6)です。
幸せ感は人それぞれ違うかも知れませんが、今ある自分は皆さんのおかげで生活できる事に心より感謝し、皆さんの喜んでいる顔を思い浮かべ、一意専心に物事にあたっていきます。
好きな言葉 死は好むべきにも非ず、亦悪むべきにも非ず。 道尽き心安んずる、便ち是死所。 世に生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。 心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。 生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。